低学年では「原体験を!」であって「原体験だけを!」ではない

考え事

レレパパ

パパ塾挑戦中、ウクレレ大好きレレパパです。

妻

低学年での先取り学習には否定的な意見も多いね。

※本記事の作成時点:長女(小3)、次女(年長)

ネット上の情報を見ていると、幼児期や低学年での先取り学習には否定的な意見も多く見られます。

色々な考えがあって良いと思いますが、これだけは明らかに間違い!と思われる主張を発見しました。

「低学年で必要なのは原体験だけ」という主張

その主張とは、「低学年では、知識を習得する勉強は全くの不要で、必要なのは原体験だけ」というもの。

そもそも「○○だけ」という極端な主張からは論理的な不備の匂いがプンプンします。

言いたいことは……

その人は、こう言いたいようです。

◆ 低学年で知識を詰め込んでも、高学年になってから後伸びしない。
◆ 後伸びするのは、低学年で原体験を多く積んだ子。
◆ だから、低学年では知識の習得は不要で、原体験だけを多く積ませればよい。

でも、これは正しくないと思っています。

後伸びって?

まず、「後伸び」とは何なのでしょうか?

「後伸び」という言葉は、中学受験の範疇だけを見て、その前半に成績が向上するか後半に成績が向上するかを表現したものです。

でも、勉強って中学受験で終わりなのでしょうか?

そんなことはありません。

中学に入っても、高校に入っても、大学に入っても、社会人になっても、ずっと勉強ですよね。

その中で、小学校の数年間だけを切り取って、「あの子は幼児期に原体験を積まなかったから『後伸び』しなかった」とか言われても、説得力はありません。

むしろ、「後伸び」という言葉は、大学生とか社会人になっても学習意欲を失わない人に対して使われるべきではないでしょうか。

大学生や社会人になっても学習し続ける姿勢が幼少期の原体験の有無に左右される、という主張であれば、納得感はあります。

原体験だけ?

それから、「原体験だけ」でよい、というのは極論です。

例えば、僕なんかは田舎の山奥で生まれ育ったので、同じ学校の生徒たちは原体験積みまくり。

毎日、学校帰りには通学路を外れて山の中に分け入り、罠で虫や魚を捕まえたり、湧水を飲んだり、木の上に基地を作ったりしていました。

では、彼らが全員エリートコースを進んだか?というと、残念ながら、それは全くの逆です。

僕も「原体験は必要」であるとは思いますが、「原体験だけでよい」というのは明らかに誤りです。

「知識」も「原体験」も、どっちも大切

結局、机上で学ぶ「知識」も、自然を相手にした「原体験」も、どちらも大切だと思っています。

「知識」と「原体験」は、車の両輪のようなもの。

娘たちには、どちらかに偏重することなくバランス良く経験させていきたいと思っています。

妻

レレパパの実家、ポツンと一軒家に出てもおかしくないねw

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